ライブのペンライトも!西城秀樹が築いた『J-POPの先駆け』が凄すぎる!

この記事は私がまとめました

canty0628さん

▼16日に亡くなった歌手の西城秀樹さん

「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹さんが16日、急性心不全のため横浜市内の病院で死去。

4月25日に家族と一緒にいた時に倒れ、横浜市内の病院に搬送。意識が戻ることがなく、16日午後11時53分に亡くなった。

おはようございます

西城秀樹さんのターンエーターン大好きでした。

一度で良かったから生で聞いて見たかった。

西城秀樹さんご冥福をお祈りします pic.twitter.com/X0x6KL7Gr0

高校時代、ジャズ喫茶で歌っているところをスカウトされ、72年3月25日に「恋する季節」でデビュー。

男性アイドルは、西城秀樹さん、郷ひろみさん、野口五朗さんの新御三家がほぼ人気を独占。

▼そんな西城秀樹は洋楽カバーをヒットさせた先駆けである

アメリカのディスコミュージック・グループのヴィレッジ・ピープルがヒットさせた「YMCA」のカバー曲。

リリースされて2週間で3位に初登場し、翌週より5週連続で1位を獲得。累計売上80.8万枚を記録した自身最大のヒット曲。

歌謡曲と言う大衆に聴かれる音楽で洋楽を日本語詞のカバーで歌いこなし、ヒットさせたアーティストは居なかった。

▼歌い方も話題となりました

「甘い声が当たり前だった男性アイドルの世界に、初めて野性味とセクシーさを持ち込んだ」

声を振り絞るようにして歌う独特の歌唱法は、後の日本のロック歌手に多大な影響を与えたと言われています。

西城氏の歌い方は「絶唱型」と言われてるそうだが、
もしかしたら、自分の「歌唱」の嗜好の源流はここにあったのかもしれぬ。

西城秀樹さんの歌い方が、絶唱型だ、と…(; ・`д・´)

1人で朝から納得してしまった…

▼パフォーマンでも初な事が

3枚目のシングル「チャンスは一度」で初めて振付けを付けて以降、その振付けは徐々に激しさを増し

1
2

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする