「東京タワー」がひっそりとその役目を終了に別れを惜しむ声多数

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■東京タワーがその役目を終えた

2018年9月30日。超大型の台風24号が日本列島を縦断したこの日、東京のシンボルともいえる東京タワーが、ひとつの大きな役目を終えました。

1959年から地上波放送の礎を築いてきました。そんな東京タワーが、テレビ放送の電波送信を去る9月30日(日)をもって終了

■東京タワーはテレビやラジオの電波を送信するために作られた

テレビおよびFMラジオのアンテナとして放送電波を送出(#送信周波数・出力を参照)、また東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナとして緊急信号を発信する他、東京都環境局の各種測定器なども設置

電波塔の位置が各局バラバラだから、視聴者はチャンネルを変えるたびに、アンテナの位置も微調整しないといけない。こうした問題を一気に解消させるために、東京タワー建設されました。

東京タワーが建設された背景です。

■電波を送信するのが目的なので正式名称は「日本電波塔」

もともと東京タワー建設のきっかけも、テレビ放送の電波を関東一円に送信するためで、正式な名称も「日本電波塔」だった

放送電波などを送出する集約電波塔で、建築主の「日本電波塔株式会社」にちなみ「日本電波塔」が東京タワーの正式名称

東京タワーの「電波塔」歴は約60年、東京タワー水族館は約40年という長い歴史の幕がおりました。

■その建設工事は今では考えられないものだったらしい

建方はわずか15ヶ月という驚異的な突貫工事の末に完成した世界で最も高い自立鉄塔である

東京タワーは、すべて鳶の職人たちが手作業で組み立てたそうです。もちろん鉄骨はクレーンで運び上げますが、そこからが彼らの独壇場。部材の穴に800度に熱せられたリベット(鉄のピン)を差し込み、ハンマーで一気に打ちつけ見事に接合させる。

ベットは、下にいる職人さんがあらかじめ炉の中で加熱していて、必要になると鉄製の箸ではさみ、なんと上の作業場へ放り投げていたということです。

台風の風をまともに受けないよう、鉄骨はぎりぎりまで細くした。さらに、ミリ単位で組み上げることで、地震への強度を確保した。しかし、これほど大きく、これほど精密なものが造れるのか、みな不安に襲われた。

当時は落下防止の手すりやネットもあまりない中、高度200m以上で、幅30cmほどの鉄骨の上で作業した姿は今でも伝説となっています。

■その後、東京のシンボルとして長きに渡り多くの人に親しまれた

観光名所としても定着し、1989年からは夜間ライトアップが始まりました。同年、通算来場者が1億人を突破するなど人気を誇りました

この塔の売り上げは観光による収入が5割を超えている。東京近辺を目的地とする修学旅行などにおける定番の行き先として定着

■このように歴史ある東京タワーがその仕事を終えた。今後は引き続きラジオの電波送信、災害に備えた予備として使われる

9月30日限りでその送信も終え、テレビ電波塔としての役目を終えた。災害に備えてテレビ電波の送信機能は維持し、FMラジオの電波送信は続ける

観光施設としての比重が大きくなってはいますが、電波塔としての役割は大切であり、今後もずっと続きます

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